2011年8月3日水曜日

立山黒部アルペンルートの創設者 「佐伯宗義」氏

みなさんこんにちは~!!いかがお過ごしですか?
最近の室堂はひんやり、少し肌寒い日が続いています・・・

さて、今日は、立山黒部アルペンルートの創設者、「佐伯宗義」氏の没後30年に寄せて、立山の歩みを簡単にご紹介いたします。

創設者、宗義は明治28年、立山町芦峅寺で、代々雄山神社の神宮を務める家柄に生まれました。
立山開発の原点は、国家権力による、廃物毀釈(明治維新)の指令により、日毎に姥堂や布橋がなくなりゆく姿に、さびれゆく故郷を悲しんだことに始まるといわれています。
「大きくなったら、自分の手で変えるんだ!!」という決意から始まります。

戦後の電力不足をカバーするために、国を挙げた電力事業再編成が始まり、大規模電源開発工事が計画されました。
昭和27年、宗義はアルペンルートの実現に向けて動き出します。当時はまだ、戦争の傷跡が残る時代で、立山に道路を通し、
交通施設をつくることは、容易でなかったはずです。
昭和39年、室堂から、工事建設と運営のため、やっと立山黒部貫光(株)が設立されました。
昭和41年、様々な意見の飛び交う中、工事が開始。
現場は、標高2500m地点、全長3557mに及ぶ、立山トンネルの掘削工事がもっとも難しい工事となりました。数々の難所にぶち当たり、計画は何度も頓挫しそうになり、予算もすぐ底をつき、苦難のすえの完成だったそうです。
幾多の困難を乗り越え、昭和46年、構想から25年の歳月を経て、富山県と長野県を結ぶ、「立山黒部アルペンルート」が全線開通しました。

そして、昭和56年8月4日 87歳で、生涯を全うされました。

故 佐伯宗義氏


創設者、佐伯氏の揺るぎない信念と情熱、ある意味執着心で、現在の立山黒部アルペンルートがあるんですね!!
この方のおかげで、現在では、3000m級の山の近くまで、気軽にお越しいただけるようになりました。

それにしても、立山をぶち抜こうなんて考えて、尚且つ、実行に移したのは本当にすごい事です。
彼の口癖が「できるかできないかじゃない。やると決めたなら、どんなに時間がかかっても実現させる!!」だったそうです。

今後、私たちは富山県の宝物「立山」の自然を守り、立山黒部アルペンルートの発展のため、皆さんのご指導の元、
日々新しい発見をし、全力で、魅力発信に努めて行きたいと思います(*^_^*)


上空より望むアルペンルート